嫁と姑の間柄

  • By asmile
  • 2014年7月18日
  • 嫁と姑の間柄 はコメントを受け付けていません。

気を使うということは、こころをピンと張りつめていることだからです。つまり私たちは、うっかりしてはおれないのです。むずかしい言葉でいえば、他人と向い合っているとき、私たちのこころは大なり小なり「緊張」しているのです。姑と嫁は、まず、最初からこうしたこころの緊張のなかにおかれます。

ところで、姑と嫁は、一方から見れば、こうした緊張をもってはならない、あるいはもつ必要のない間柄だと考えられます。かりにも親と子じゃないの、そのうえ、私もあの子(夫)を愛しているし、あなただって、あの子の妻としてあの子を愛しているじゃないの’二人とも愛情の対象をひとつにしているのだもの、仲よくやってゆけない道理はないlこんなふうに姑たちは考えましょうし、またこうした姑の理屈がいちおう正しいものである以上、嫁にしたってそう考えるはずです。いいかえればこの緊張などという他人行儀はふたりの間にあるべきでないというのが、善意の姑と嫁の考え方なのです。つまり、こういうことなのです。嫁と姑は、自分で気のつかないこころの世界では、お互いに緊張し合っています。無意識に緊眠していると簡単に申しあげても結構です。ところが、その一方、自分で気のついている、つまり、意識している世界では、緊張なんかあるワヶがない間柄だと考えるのです。
そしてもしこういうふうにいえるとすれば、どうしてふたりが腹の底からサックリとうまくゆくことができましょうか!出会いは、たくさんあるので、相性が合う人がきっと見つかります。

参考:安心出来る 出会系
DK160_L

Categories: 未分類

Comments are closed.